中山道・木曽漆器の翻画から読みとる、広重師の『東海道・鞠子宿(丸子宿)』
颪(おろし)の向こう、風の記憶
信州、中山道・木曽平沢。 難所・鳥居峠の麓にあるこの町で、私は日々を過ごしている。 最近、私の意識にあるのは、、遠く離れた静岡の東海道・鞠子(まりこ)宿(丸子宿・)の風景だ。
なぜ、行ったこともないこの宿場に惹かれるのか。 実は、私の家には先代の代から、伊豆にある老舗旅館との深い縁があった。 **伊東、土肥、天城、そして伊豆長岡に至るまで、**格式ある宿への道のり。 私がこの広重・翻画に出会ったのは偶然ではない。木曽と駿河、そして伊豆を結ぶ「見えない道」が、仕事を通じて代々受け継がれてきたのではないか。そんな気がしてならない。
ここ平沢も鞠子(丸子)も、背後に険しい峠を控えた「地形」がよく似ている。 峠を前にした静寂と、旅人の覚悟。 山から吹き下ろす「颪」の冷たさは、私にとっての日常そのものだ。

木曽平沢(旧楢川村・旧奈良井村・奈良井宿)は、分水嶺鳥居峠を控えているせいか寺や地蔵が異様に多い。 調べてみれば、鞠子もまた誓願寺をはじめとする古刹、が峠の入り口に並び、峠の地蔵尊も多く、峠の守護者であったようだ。
難所を前に、人々は祈らずにはいられなかったのだろう。 その静謐な空気もまた、二つの土地が共有する記憶だ。
「峠の前には、神仏が要るんだな」——かつて先代がふと漏らした言葉が、今になって胸に響く。
宇津ノ谷峠を越える精、江戸から続く『とろろ汁』
そして、鞠子(丸子)といえば外せないのが名物の**「とろろ汁」だ。 広重師の浮世絵にも描かれた、創業四百余年の老舗「丁子屋(ちょうじや)」さんを筆頭に、今も街道の味として愛されている。
故郷・山形村で嫌というほど食べさせられた長芋。だが、ここ鞠子のそれは「自然薯」だ、格が違う。山を掘り、土の力をそのまま啜るようなあの野生の粘り。
子供のころ鼻汁のようだと嫌ったあの粘りも(今思えば贅沢なことだ、親を思い出す)、これから宇津ノ谷峠という急勾配に挑む旅人にとって、これ以上ない「精の付く滋養強壮」だった。
あの贅沢な粘りは、そのまま旅人の足取りを支える力になる。静岡を旅するなら、あの茅葺き屋根の下で、江戸時代から変わらぬ歴史をぜひ啜ってみてほしい。
沈黙・剥(む)き出しの黒|ネイキッドブラック(Naked Black)
山に囲まれて生きる者にとって、その先にある駿河富士や駿河湾の海は、届かぬからこそ、焦がれる。 歌川広重師が描いた一景の中に、私は見えない潮風と、不二の気配を感じる。
信州の山にはない、あの独特の「気勢」の正体。 それを、私なりの「沈黙」剥(む)き出しの黒で確かめてみたくなったのだ。

漆工の街・木曽平沢の風景 赤い屋根が風情です。
