鞠子の樹、連なる 駿河三景
鞠子(まりこ)の樹 ――
広重が描いた「鞠子」を、樹木の記憶から読み解く。
「鞠子の樹」は、歌川広重の『東海道五拾三次之内・鞠子』に描かれた風景をもとに、そこに息づいていたであろう人と樹木のつながりを、現代の感性で表現するアートシリーズです。
江戸時代、東海道を行き交った旅人たち。
その旅人の目に映ったのは、街道や茶屋だけではありません。
道の傍らに立つ一本の樹。
その樹の下を通り過ぎる人々。
旅立つ人、見送る人。
故郷を振り返る人、これから先へ向かう人。
そこには、絵に描かれた風景だけでは捉えきれない、さまざまな「心の動き」があったのではないでしょうか。
私たちは、その見えない心の動きを、**「樹のゆらぎ」**として捉えました。
――ところで。
鞠子には、もう一つの物語があります。
別れを惜しむ母子、旅人の慕情。
そんな情緒的な場面のすぐ脇で、弥次喜多は知らん顔で、とろろ汁をすすっています。
▶ 鞠子のもう一つの物語|知らん顔でとろろ汁をすする弥次喜多
鞠子の樹 ― 樹のゆらぎは、旅人のゆらぎ。
私たちが見つめたのは、そこに描かれた一本の樹でした。
大きく広がる樹冠。
傾いた幹。
母子のほうへ伸びてゆく枝葉。
それは、ただ風に揺れる樹の姿ではありません。
旅人の心そのものが、樹の姿となって現れている。
幹は、旅先(海)へ向かう。
その先にあるものを、希望として。
けれど、樹の「氣」は、そこだけには向かわない。
伸びゆく枝葉は、残してきた母子へ。
前へ進もうとする心と、
後ろに残したものを慕う心。
その二つが、一本の樹の中で離れずにいる。
身体は旅先(海)へ。
心は母子へ。
その間で揺れるものこそ、
私たちが「鞠子の樹」に感じた**「ゆらぎ」**です。
旅人の心が揺れる。
樹もまた、その氣を母子へと揺らす。
人と樹木は、同じ風景の中で、ひとつの心象としてつながっている。
それが、このシリーズの考え方です。
鞠子の樹|心象図説
旅人の足を止めたのは、風か、慕情か。
見送る人。
旅立つ人。
その傍らで、風を受けながら立つ一本の樹。
樹は何も語りません。
けれど、その姿には、そこを通り過ぎた人々の時間が重なって見えることがあります。
私たちは、その姿を「樹のゆらぎ」と呼びます。
枝葉の揺れだけではありません。
人の心の揺らぎが、樹の姿を通して見えてくる。
それが「鞠子の樹」の心象です。
原典から、現代の作品へ
「鞠子の樹」シリーズでは、歌川広重の『東海道五拾三次之内・鞠子』を原典として、その意匠を現代の技術と漆の表現によって再構成しています。
原典をそのまま再現するのではなく、
広重の風景
↓
樹木の姿
↓
旅人の心象
↓
現代の漆金彩作品
という形で、時代を越えて読み替えています。
原典と翻画|鞠子の樹
左:歌川広重「東海道五拾三次之内・鞠子」
右:原典をもとに再構成した「鞠子の樹」
原典をよく見ると、人物の手にある棒は旅人の杖というより、自然薯を掘るための棒にも見えます。人物が何をしているのか、広重師の意図までは、ここでは断定しません。
本作では、その人物を「旅人」という心象で捉えました。
翻画として描き直したその姿を見つめるうち、私はそこに、旅の途中でふと足を止め、振り返る人のような気配を感じました。
それは原典に描かれた人物の姿を説明するものではなく、本作から立ち上がった私自身の心象です。
そこから、旅人の葛藤や惜別、慕情を「鞠子の樹のゆらぎ」として重ねています。
広重が描いた鞠子の風景から、樹木の姿と、そこに重なる人の心象を読み取り、現代の漆金彩作品として翻案しました。
旅人、見送る母子、そして海へ向かうよう傾く幹と母子に伸びる枝葉。
その一方で、別れの情景などどこ吹く風。
とろろ汁をすする弥次喜多。
原典に描かれた風景を「見る」だけではなく、そこにある人と樹木の関係を読む。
それが「鞠子の樹」です。
原典の面影を残しながらも、現代の空間に置くための新しい表現を加えています。
駿河三景 ― 連なる物語
「鞠子の樹」は、単独の作品ではありません。
広重が描いた駿河の風景を手がかりに、そこに存在する樹木・風景・人の記憶を読み解きながら、複数の作品へと展開していくシリーズです。
それぞれの作品は独立しながらも、並べることで一つの風景のようにつながります。
それが、
「連なる、駿河三景」
という考え方です。
一枚の風景を見るだけではなく、
樹を見る。
人を見る。
そして、その間にある時間を見る。
「鞠子の樹」は、そんな鑑賞を楽しんでいただくためのシリーズです。
漆金彩絵図写し「駿河三景・鞠子の樹」
本作では、初代より受け継いできた秘蔵の漆金彩絵図をもとに、現代の技術によって意匠を再構成しました。
漆黒を基調とした画面に、金彩による樹木や風景を浮かび上がらせることで、昼の風景とは異なる、夜の鞠子を表現しています。
Naked Black
ネイキッド・ブラック ―― 剥き出しの黒
この作品で大切にしたのが、「黒」の表現です。
装飾を重ねるのではなく、あえて黒を大きく残す。
光を受けても簡単にはその全貌を見せない黒。
その黒の中から、金彩や樹木の姿が浮かび上がります。
それは、昼間の風景を再現するための黒ではありません。
夜の静けさを表現するための黒です。
光の角度によって表情を変える黒の中に、樹木の姿が浮かび上がる。
そこに「鞠子の樹」が持つ、静かな生命感を重ねています。
夜桜 ―― 夜の鞠子に浮かぶもう一つの景色
オプションとして、夜桜を加えた仕様も用意しています。
漆黒の画面に浮かぶ桜は、華やかさだけを目的としたものではありません。
暗闇の中に一瞬だけ現れる花。
静かな夜の中に浮かぶ生命。
「黒」と「金」、そして「桜」。
それぞれの要素が重なり、鞠子の樹が持つ心象をより深く引き立てます。
詠(うた)― 作品に添える三十一文字
「鞠子の樹」には、作品の心象を言葉にした短歌・詠を添えています。
樹守 三十一文字(短歌)
鞠子の樹 ゆらぎ背にあり 吾も亦
歩みは舞(む)不二 慕ひ篤祈す
樹守 十七文字
鞠子の樹 ゆらぎ背にあり 吾も亦
樹の姿を見ながら、その前を通り過ぎる。
その一瞬に、自分自身の旅や記憶を重ねる。
作品を見る人それぞれが、自分自身の「ゆらぎ」を感じていただければと考えています。
この作品について
「鞠子の樹」は、広重の作品を忠実に複製することだけを目的としたものではありません。
原典を読み、樹木を読み、人の心を想像し、現代の漆作品として再構成する。
そのための「翻案」です。
江戸時代の旅人が見たかもしれない一本の樹を、現代に生きる私たちがもう一度見つめ直す。
そこに何を感じるかは、見る人によって異なります。
懐かしさかもしれません。
旅への憧れかもしれません。
誰かとの別れや、故郷への想いかもしれません。
あるいは、ただ一本の樹の美しさかもしれません。
鞠子の樹
広重が描いた風景から、樹木の記憶へ。
樹木の姿から、人の心へ。
そして、
過去から現在へ。
一本の樹を起点に、時代を越えて連なる物語。
それが、
「鞠子の樹 ―― 連なる、駿河三景」
です。
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©鞠子の樹|Arborist Office|Naked Black
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